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指導という言葉の意味や捉え方について、八阪先生の考えをお聞きしたいです。

指導という言葉の意味や捉え方について、八阪先生の考えをお聞きしたいです。

執筆者 | 八阪 義浩

今週の八阪さん ~1級CC技能士に聞いてみよう~

みなさん、こんにちは。働く楽しさ研究所・代表の八阪です。

ここでは、毎週配信している弊社のメールニュース・LABO Letter(ラボレタ―)の
読者アンケートや弊社公式LINEの質問箱に寄せられた
「こんな話を聴いてみたい」「こんな質問をしてみたい」というメッセージから、
毎回1つずつ話題をピックアップして、みなさまにお届けしています。

今回は、LINEの質問箱に投書していただいた質問をピックアップしてみました。
わたし自身の指導のスタンスについて書いています。

他者の人生の重要な場面に携わるCCにとって、
指導の意味について知ることや、実際に指導を受けることは
自分の支援の品質の維持向上を図るためには必須です。

弊社の講座や指導をこれから受けようか検討している方や、
このコラムをよんでくださっているみなさまも含めて、
どなたにとっても参考になる内容かと思います。

ぜひ最後までお付き合いください。

Q:”指導”が意味するところ、捉え方について、八阪さんの考え、視点をお聞きしたいです。
(福井県・需給調整機関領域)

A:指導ではなく”育成”と読み替えて捉えるようにしています

実は今回の質問をしてくださった方は、
もう少し詳しく質問文を書いてくださっているので、まずはそれを共有したいと思います。

キャリアコンサルタントの定義にはしばしば「助言や指導」、
「事例指導」と「指導」という言葉が使われています。

また、1級技能士の「傾向」に「指導という言葉にとらわれ」の文章がありました。
ことばの意味合い、捉え方が人によりいくらか違いがあることも経験したうえで
あらためて「指導」とは?を考えています。

ことば、表現を、大切にする八阪さんにあらためてことばにしていただきたく、お尋ねしました。
講座で幾度と言われているようにも思いますが、お願いいたします。

(実際にはさらに詳細な内容を書いてくださっていますが、個人的な内容に触れる部分もあったため、ここでは割愛します)

質問された方の文章にもあるように、
1級CC技能検定の試験官から見た受検者の傾向を示した文章の中でも
「指導という言葉にとらわれ…」などの表現が出てくることが、過去にもありました。

(参考)キャリアコンサルティング技能検定 過去問題/学習情報
https://www.career-kentei.org/about/learninfo

わたしがこれまでたくさんのCCを見てきた中で、
指導という言葉の(表面的な)意味に囚われてしまっている人たちに共通していた考え方は、
知識や技術の足りないCCや間違い・勘違いをしているCCに対して、

・先輩や上位者である自分が持っている知識や技術を使って正しいこと教え込むこと
・放っておくと誤った方向に進んでしまうCCに対して自分が正しい方向に導いて連れていくこと

が指導なんだという捉え方でいる人たちです。
そして、この捉え方は、少なくともCC業界においては、
悪い指導の典型例だというのがわたしの考え方です。

理由は2つあります。

まず1つ目に、自分が正しくて相手が間違っている、自分が上位で相手が下位である、
という見方をしている時点で、指導うんぬんの前に、いちCCとしても良くないから
です。

目の前の相手と堅固な信頼関係を築くことがCCにとって必要なこと・重要なことであって、
決して主従関係や上下関係を作ることではないですね。

まして、CCに対して指導をする立場ならば、なおさら目の前のCCよりも率先して
いかにフラットな関係性・何でも話せる状態になるかを大事にして、
それを実践できなければいけないです。

指導する側が、指導の中身を実践できていなければ、
指導内容にも全然説得力が生まれない
のです。

2つ目はCC業界になぜ指導が必要なのか、という視点。

これは国家資格CC更新講習の「事例検討と倫理(K-1)」
1級CC技能検定対策講座の「面接準備編(A-1)」の中でもお話ししているように、
CC業界には品質管理が欠かせないからです。

そして、そのCCの品質管理を何のためにするのかと言うと…
CCが健全に成長することによって、CLに対してより良い支援ができるようになるから、です。

わたしがどの講座でも口酸っぱく

『CL第一』を本当に・本気で徹底しているのか?

とお伝えしているのも、
良い支援ができるようになるCCを育てることで、最終的にはCLを守るためだからです。

わたしが考える指導とは「指導中に何を言うか、どう関わるか」という
短期的な・目先の対応を考えることではありません。

自分自身が指導をすることで、この目の前のCCがどう育っていくのか、
それによって、指導後にまた現場に戻ったCCがCLに対してどんな支援をするのか、
その時のCCの支援の質は担保されているのか・向上しているのか。

CCという専門人材を”育成”していくことは、
指導・育成後のCCが現場でアウトプットする支援の品質にも責任を負うものだ。
それくらいの覚悟は要るとわたしは考えています。

さらに言えば、そのCCの支援を受けたCLも、面談の後には職場や学校に戻っていきますから、
そこで少しでもモチベーションが挙がったり、視野が広がったり、イキイキ働けたりできるのか。
そこまで見通したうえで、指導という業務に真摯に向き合うようにしています。

・自分の目の前にいるCC
・そのCCの向こう側にいるCL
・さらにCLの周りにいる家族や友人、職場や学校の仲間
・CLの属するコミュニティや社会への(間接的な)貢献

CCの支援は、これくらい広い範囲・遠く先の先にいる人たち・組織にまで影響を及ぼすからこそ、
社会の役に立つ専門人材たるCCをしっかり育てよう!という視点で、
日々の個別指導や講座を実施しています。

試験に受かりたいから、面接試験の30分間をどう乗り切ればいいですか?

なんて短期的・自分中心の考えは、わたし自身が1級を受検していた当時も、
そして今でも、一切持っていません。

この業界全体の責任と覚悟を背負い、
1級・指導者が育てるCCの品質に対してこだわり続けること。

それが本当の意味での「指導」を考えている姿だとわたしは信じています。

少しでも参考にしていただけたら、そしてこの考えについて、
今このコラムを読んでくださっているみなさんも共感していただけたら嬉しいです。

それでは、今日はこのあたりで。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございます。